自動そうちシリーズは、物や生き物のように見える対象へ自動的な動きや反応を与えるひみつ道具群です。コミック14巻のすてきなミイちゃんで登場し、ドラえもんが一目ぼれしたネコ型のおもちゃ、ミイちゃんを本物のネコに近づけるために使われます。話の出発点はかなり切実です。ドラえもんにとってミイちゃんはただのおもちゃではなく、心を奪われる相手として見えています。しかし実際のミイちゃんは動かない人形に近く、自分で歩いたり、鳴いたり、感情を返したりはできません。そこでドラえもんは、未来の技術でミイちゃんへ猫らしさを足していきます。
この道具は単体の機械というより、目的に応じて取り付ける自動化パーツの集合として扱うほうが近いです。歩く、反応する、危険を避ける、相手に合わせた動きをするなど、必要な機能を足すことで、おもちゃの存在感が一気に変わります。ロボットそのものを作るロボットペーパーや、既存のものを遠隔操作に近づける人間ラジコンとは方向が違い、自動そうちシリーズは対象に自律性のようなものを付与します。機械的な追加なのに、結果として相手が生きているように見えてくるところがこの道具の面白さです。

ドラえもん14巻 すてきなミイちゃん P114:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
すてきなミイちゃんのドラえもんは、普段よりかなり感情的です。ミイちゃんを見つめる姿には、未来のネコ型ロボットという設定を忘れるほどの一途さがあります。自動そうちシリーズは、そんなドラえもんの恋心を叶えるための道具として出てくるため、機能説明だけでは語り切れません。便利な装置である前に、好きな相手に近づきたいという気持ちを後押しする道具なのです。のび太を助けるための道具とは違い、ドラえもん自身の願望が前面に出ている点も珍しい場面です。
ただし、この道具には本物らしさを作ることの危うさもあります。ミイちゃんに動きが加わるほど、ドラえもんは相手が自分の気持ちに応えてくれているように感じます。しかし、それは装置によって作られた反応でもあります。自動化された動作と本当の意思の境界があいまいになるため、見る側の気持ちしだいで受け取り方が変わります。似た問題は、相手を思い通りに動かす人間あやつり機にもありますが、自動そうちシリーズの場合は支配というより投影です。ドラえもんが見たい姿を、ミイちゃんに重ねてしまうのです。

ドラえもん14巻 すてきなミイちゃん P118:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
エピソードの終盤で、ミイちゃんがドラえもんの思っていた相手ではなかったことが分かります。ここで自動そうちシリーズの切なさが強まります。どれだけ動きを足しても、相手そのものの事実までは変えられません。装置はおもちゃを本物らしく見せることはできますが、ドラえもんの恋が望む形で実ることまでは保証しません。この落差が、道具の性能よりもドラえもんの心の動きを印象づけています。
自動そうちシリーズは、ロボット・自動化系のひみつ道具として見るとかなり応用範囲が広いです。ぬいぐるみや模型に取り付ければ案内役や警備役になり、日用品に付ければ半自動の家事道具になります。そうじ機のような自動化された家電とも相性がよく、未来の生活では小さな装置を組み合わせて身の回りの物を賢くする発想が一般的なのかもしれません。一方で、対象が本物らしくなるほど、人間側が勝手に感情を読み取る危険もあります。かわいい、頼もしい、好きだと思う気持ちは、機械の反応によって簡単に刺激されます。

ドラえもん14巻 すてきなミイちゃん P117:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ミイちゃんに自動そうちシリーズを取り付ける場面は、ドラえもんの技術力と恋の不器用さが同時に出ています。普通なら相手に話しかけたり、相手の反応を待ったりするところを、ドラえもんは道具で状況を作ろうとします。未来のロボットであるドラえもんにとって、機械で機能を足すことは自然な発想なのかもしれません。しかし恋愛の相手として見るなら、機能を増やすほど相手の本当の姿から遠ざかる面もあります。ここに、ひみつ道具で何でも解決しようとするドラえもん自身の限界がにじみます。
この道具を日常で使うなら、壊れたおもちゃを動かす、展示物に案内役のような動きをさせる、ペットロボットに個性を加えるなど、楽しい使い方が多そうです。子どもにとっては、ぬいぐるみが自分に反応してくれるだけで大事件です。けれども、物が人間らしく反応するほど、持ち主はそこに心があるように感じます。自動そうちシリーズは、機械の便利さだけでなく、人間が物へ感情移入する性質まで引き出します。すてきなミイちゃんが笑えるのは、ドラえもんの思い込みが少し大げさでも、その気持ちが理解できてしまうからです。
道具名にシリーズと付いていることから、用途別にいくつもの装置が用意されていると考えられます。歩行用、発声用、反応用、危険回避用などを組み合わせれば、単なる人形でもかなり複雑な存在に見えるでしょう。未来の工作キットとして見れば、かなり夢があります。おもちゃを買い替えるのではなく、今ある物へ機能を追加していく発想は、修理や改造の楽しさにもつながります。ドラえもんがミイちゃんをただ手に入れるだけでなく、理想の姿に近づけようとする流れにも合っています。
その一方で、対象を改造することの線引きも気になります。ミイちゃんはおもちゃなので笑いになりますが、もし本物のペットや人間に似たロボットへ使った場合、どこまで持ち主の都合で機能を足してよいのかという問題が出ます。かわいい反応をするようにする、言うことを聞くようにする、危険を避けるようにする。どれも便利ですが、相手の個性を持ち主の希望で塗り替える行為にも近づきます。自動そうちシリーズは楽しい道具でありながら、相手を理想化する欲望も映しています。
すてきなミイちゃんでは、この重さが恋の笑いで包まれています。ドラえもんが真剣であればあるほど、読者には少しおかしく見えます。未来の高性能な装置を総動員しても、恋の勘違いまでは防げません。技術で相手を動かせても、相手の正体や気持ちを都合よく変えることはできない。その落差が、この道具の印象を強くしています。
この道具の魅力は、機能の便利さと恋愛喜劇がきれいに重なっている点です。自動化という冷たい技術が、ドラえもんの照れや期待や落胆を通して温かい笑いに変わります。ミチビキエンゼルのように判断を外から支える道具とも違い、自動そうちシリーズは物の側を変えて、持ち主の感情を動かします。道具としては高性能でも、最後に残るのはドラえもんの恋の空回りです。その人間味こそ、すてきなミイちゃんを忘れにくい話にしています。

