人間あやつり機

人間あやつり機は、装着した人間の身体を外部から操れるひみつ道具です。コミック9巻の人間あやつり機に登場し、眠っているパパを動かして用事を済ませようとする流れで使われます。名前の通り、人間を操り人形のように扱う機械で、ひみつ道具の中でも倫理的な危うさがかなり分かりやすい部類に入ります。のび太とドラえもんが自分たちの都合でパパを動かそうとするため、便利さより先に、勝手に人の身体を使ってよいのかという問題が見えてきます。

作中では、のび太たちが面倒な用事を嫌がり、寝ているパパに人間あやつり機を取り付けます。ところが操作は思い通りにいかず、パパは眠ったままバレエのような動きをしてしまいます。道具の見た目や操作盤は便利そうでも、ボタンを間違えれば対象の身体に無理な動きをさせてしまいます。人間ラジコンのように人を操る道具は複数ありますが、人間あやつり機は身体の動きそのものを直接扱うため、失敗した時のダメージが特に大きく見えます。

バレエを踊るのび太のパパ
眠ったままこれができるのはすごい

ドラえもん9巻 人間あやつり機 P58:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

この道具が怖いのは、操られる本人にほとんど自覚がないところです。パパは眠っているため、自分の意思で動いているわけではありません。にもかかわらず、身体は激しく動かされ、周囲から見れば奇妙な行動をしている人に見えます。本人の尊厳や責任があいまいになる点で、ただの遠隔操作道具よりも問題は深刻です。のび太たちに悪意が強くあったわけではなくても、楽をしたいという軽い気持ちだけで他人の身体を道具化してしまう危なさが描かれています。

人間あやつり機の機能は、うまく使えば介護やリハビリの補助にもなりそうです。身体が動かしにくい人の動作を支えたり、危険な場所で人間の代わりに遠隔作業をしたりする応用は考えられます。ただし、その場合でも本人の同意と安全管理が絶対に必要です。ひみつ道具はしばしば日常の困りごとを一瞬で解決しますが、この道具は便利さと乱用の距離が近すぎます。ミチビキエンゼルが判断を誘導する道具なら、人間あやつり機は身体の主導権を奪う道具です。影響の重さが違います。

暴走するパパ
よく見る光景

ドラえもん9巻 人間あやつり機 P60:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

コメディとしての見どころは、パパの動きの大げささです。寝ているはずの大人が突然バレエを踊ったり、勢いよく動き回ったりする場面は絵だけで笑えます。普段はのび太を叱る側のパパが、のび太たちの操作ミスで振り回されるため、立場の逆転も効いています。ただ、その笑いは身体を勝手に使われる不安と隣り合わせです。読者は笑いながらも、これはやりすぎだと感じるはずです。その後にパパの身体へ反動が来ることで、道具の無責任な使用には代償があると分かります。

操作系のひみつ道具として見ると、人間あやつり機はかなり直接的です。ラジコン宇宙人のように外部の存在を動かす道具や、ころばし屋のように相手へ一定の行動を起こさせる道具と比べても、対象の身体に近い位置へ入り込みます。命令を出す、予定を組む、誘導するという段階を越えて、筋肉や動作を機械の側で決めてしまうのです。だからこそ、ひみつ道具の便利さを扱うドラえもんの中でも、かなりブラックな笑いを含む道具になっています。

人間あやつり機が人体に与える影響
あれだけ動けば体も痛くなるだろう

ドラえもん9巻 人間あやつり機 P62:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

パパの身体に反動が出る結末は、この道具の問題をよく示しています。操っている側は操作盤を触っているだけなので、身体の疲労や痛みを実感しません。けれども、動かされた側の筋肉や関節にはきちんと負担が残ります。これは未来の機械が現実の身体を扱う時に避けられない問題です。画面上の操作は軽くても、人間の身体は軽くありません。人間あやつり機はギャグの形で、身体をデータや人形のように扱うことの乱暴さを見せています。

もしこの道具を正しく使うなら、医療や救助のように、本人の同意と専門的な管理がある場面に限られるでしょう。意識を失った人を安全な場所へ移動させる、危険区域で最低限の動作を補助する、リハビリで正しい動きをゆっくり練習するなど、使い道自体はあります。しかし、のび太たちのように自分の面倒を避けるために使えば、すぐに加害へ変わります。便利な道具ほど、目的が幼稚だと被害も幼稚では済みません。

パパが操られる相手に選ばれるところにも、家庭内の力関係の反転があります。普段のパパは大人としての権威を持ち、のび太に注意する側です。そのパパが眠っている間に、子どもたちの操作で奇妙な動きをさせられます。大人をからかう笑いとしては分かりやすいですが、同時に、相手が無防備な時ほど道具の使い方に慎重でなければならないことも伝わります。寝ている人、意識のない人、抵抗できない人を便利に使う発想は、ひみつ道具の世界でもかなり危ない部類です。

人間あやつり機は、のび太の怠け心がどこまで他人を巻き込むかを見せる道具でもあります。自分が行きたくない、やりたくないという気持ちだけなら個人の問題ですが、その穴埋めをパパに押しつけた瞬間、問題は家族全体に広がります。ドラえもんも止める側に回り切れず、道具を出してしまうところがこの話の苦味です。未来の便利さがあると、子どもの小さなずるが大人の身体を巻き込むほど大きくなってしまいます。

道具名にあやつりと入っているため、読者は最初から危険を察します。それでも話として笑えるのは、操作されるパパの動きがあまりにも奇妙で、現実離れしているからです。藤子作品らしく、怖い発想を日常の家庭内ギャグへ落とし込んでいます。もし同じ機能が別の作品で出たらかなり重い道具になりそうですが、のび太の家の中で起こるからこそ、笑いと反省の両方で読めます。

パパが目覚めた後に感じる疲れは、道具の痕跡としても効いています。本人が覚えていなくても、身体には起きたことが残る。そこに、この道具の不気味さがあります。

人間あやつり機のエピソードは、のび太たちのずるを道具が増幅してしまう典型です。自分で動きたくない、面倒なことを避けたいという気持ちは誰にでもあります。しかし、それを他人の身体で解決しようとすると、笑いごとでは済まなくなります。タイマーのように行動の開始を補助する道具でも使い方には注意が必要ですが、人間あやつり機はさらに踏み込んだ危険を持っています。便利な未来の機械ほど、使う人間の未熟さが表に出るというドラえもんらしい教訓が、この道具には強く出ています。

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