流行性ネコシャクシビールスは、特定の流行を意図的に発生させることができる、流行操作型のひみつ道具です。服装や挨拶、コレクションまで広められるため、遊び道具に見えて社会全体を揺らす力があります。
コミック6巻の流行性ネコシャクシビールスでは、女性ファッションの移り変わりの早さにあきれたのび太とドラえもんが、自分たちで流行を作ろうとします。ビールスを培養し、流行らせたいものを聞かせながら育てることで、その内容を人々へ広める仕組みです。
流行を培養するという発想
流行性ネコシャクシビールスは、流行をまるで感染症のように扱います。どこからともなく広まり、みんなが同じことを始め、しばらくすると消えていく。流行の不思議さを、ビールスという形で可視化した道具です。
本当はエッチなドラえもん ドラえもん6巻「流行性ネコシャクシビールス」P22:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
名前のネコシャクシは、猫も杓子もという言い回しから来ています。つまり、誰も彼も流行に乗るという意味です。ビールスという古い表記も含めて、道具名だけでかなり情報量があります。ムードもりあげ楽団が場の空気を変える道具なら、こちらは社会の空気そのものを変える道具です。
培養時に何を聞かせるかで流行が決まるため、使用者の発想がそのまま世の中に広がります。これはかなり危険です。くだらない思いつきでも、ビールスに乗ればみんなが真面目にやり始めます。
寿命は一日程度
流行性ネコシャクシビールスには寿命があり、一日ほどで効果が切れます。これは救いです。もし無期限に続けば、変な流行が社会に残り続けてしまいます。短命だからこそ、作中ではいたずらとして成立しています。
ちょっとした遊びに使える ドラえもん6巻「流行性ネコシャクシビールス」P27:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ただし、一日でも影響は大きいです。服装、挨拶、持ち物、買い物まで変わるなら、街の空気は完全に変わります。ゴーホーム・オルゴールのように人の行動を一方向へ動かす道具に近いですが、流行性ネコシャクシビールスは本人たちが自分の意思でやっているつもりになる点が厄介です。
効果が切れた瞬間、人々はなぜそんなことをしていたのか分からなくなります。流行が終わったあとに、急に熱が冷める感じを極端に描いているわけです。流行の熱中と冷却の落差が、ドラえもんらしいギャグになっています。
ヘンテコな流行が街を支配する
のび太とドラえもんは、最初こそスカートの長さのようなファッションに使いますが、やがて悪ふざけに走ります。ボロ服、たぬきメイク、ゴミ箱を抱えて歩く、変な挨拶。どれも普通なら流行るはずがないのに、ビールスの効果で街の人々が当たり前のように実行します。
流行とはいえひどい有様である ドラえもん6巻「流行性ネコシャクシビールス」P26:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ここで描かれるのは、流行に乗る人間の弱さです。みんながやっているから自分もやる。変だと思っても、流行なら受け入れてしまう。おせじ口べにが個人の気分を動かす道具なら、流行性ネコシャクシビールスは集団心理を動かします。
のび太が遅れてビールスにかかり、流行が終わったあとに変な格好で出かけるオチも見事です。流行に遅れる人の悲哀が、のび太にぴったり重なります。世の中が冷めたあとに一人だけ熱中している姿は、かなり切ない笑いです。
王かんコレクションで再登場
流行性ネコシャクシビールスは、コミック9巻の王かんコレクションでも再登場します。今度はファッションではなく、ジュースの王冠集めを流行らせるために使われます。何でもないものに価値を与えるという点で、こちらもかなり面白い使い方です。
王冠は普通ならゴミです。けれど、集める人が増え、希少性が語られ、欲しがる人が現れると価値が生まれます。最終的にはのび太の持つ王冠に高額な値がつきます。これはコレクター心理や市場価値の作られ方をかなり鋭く突いています。
この話はチョージャワラシベのように、価値が連鎖して変わっていく道具にも通じます。物そのものの価値ではなく、人々が欲しがることで価値が上がる。流行性ネコシャクシビールスは、その欲しがる空気を人工的に作る道具です。
王冠の話が面白いのは、流行が価値を作る瞬間をかなり分かりやすく見せているところです。物としては同じ王冠なのに、欲しがる人が増えた瞬間に高額になります。効果が切れれば、またゴミに戻ります。これは現実のブーム商品にもかなり近い構造です。
のび太にとっては、王冠が高く売れるかもしれないという夢のある展開ですが、ビールスの寿命がある以上、価値は長続きしません。高く売れると思って持っていたものが、次の瞬間には誰もほしがらないものになる。流行を相手にする怖さが、王冠一つで描かれています。
流行性ネコシャクシビールスは、ただ人の服装を変えるだけの道具ではありません。欲望の向き、商品の価値、人の行動をまとめて変えます。そう考えると、かなり経済的な道具でもあります。どんなものでも流行らせられるなら、売れない商品を一日だけ大人気にすることも可能です。
現代ならさらに怖い
今の時代に流行性ネコシャクシビールスがあれば、SNSと組み合わさって一気に広がるでしょう。服装だけでなく、言葉、動画、商品、投票行動まで流行らせられるかもしれません。寿命が一日でも、ネット上の記録や売買の影響は残ります。
企業が使えば宣伝、政治家が使えば世論操作、個人が使えばいたずら。どの使い方も危険です。ポータブル国会がルールを変える道具なら、流行性ネコシャクシビールスは人々の空気を変えます。法律より曖昧なぶん、見えにくい怖さがあります。
一方で、良いことに使える可能性もあります。防災意識、手洗い、節電、読書などを一日だけ流行らせれば、社会に役立つかもしれません。問題は、その流行が本人の納得ではなく感染によって起きることです。良い目的でも、心を勝手に動かすなら慎重であるべきです。
また、流行の内容を誰が決めるかも問題です。のび太とドラえもんのように軽い気持ちで決めた内容が、街中へ広がってしまいます。もし悪意のある人が使えば、危険な行動や差別的な考え方まで流行として広められるかもしれません。流行は楽しいだけでなく、集団を同じ方向へ動かす力でもあります。
寿命が一日という制限はありますが、一日あれば人は買い物も移動も発言もします。流行が終わったあとにも、写真、記録、損失、恥ずかしさは残ります。ビールスが消えても、流行の痕跡まで消えるわけではありません。
作中では変な服装や挨拶で済んでいますが、実際に流行を操作できるなら、もっと広い分野に影響します。食べ物、遊び、言葉、商品、価値観。人々が同じ方向を向くだけで、街の景色は大きく変わります。流行性ネコシャクシビールスは、その変化を一日で起こせる道具です。
ドラえもんとのび太が面白がって使うところも、かなり初期らしいです。二人とも悪意は強くありませんが、世の中を実験台にしています。自分たちの思いつきで他人の格好や行動を変えるのは、かなり身勝手です。笑える場面の中に、道具を使う側の軽さが見えます。
流行が終わったあと、本人たちは自分の行動をどう思うのでしょう。なぜゴミ箱を抱えて歩いていたのか、なぜ変な挨拶をしていたのか。正気に戻った瞬間の気まずさまで想像すると、この道具はかなり後味が濃いです。
それでも、一日で消えるからこそ笑える道具でもあります。長く続けば社会問題ですが、短い熱として通り過ぎるので、流行そのものの滑稽さが際立ちます。熱がある間だけ真剣になる人間の面白さがよく出ています。
流行性ネコシャクシビールスは、くだらないギャグのようでいて、人が流行に流される仕組みをかなり鋭く描いた道具です。みんながやっているから正しいとは限らない。笑いながらも、流行を見る目が少し変わるひみつ道具です。





