ポータブル国会

ポータブル国会は、法案を入れるだけで日本全国の常識や制度を変えてしまう、政治をひみつ道具化したような装置です。もしもボックスに近い大きな力を持ちながら、使い手の暴走を止める仕組みまで備えているところが面白い道具です。

お年玉から始まる小学生の政治

てんとう虫コミックス15巻のポータブル国会では、北海道のおばさんが運賃の値上がりを理由に正月の訪問を見合わせると連絡してきます。のび太とドラえもんが気にしているのは、おばさんに会えない寂しさだけではなく、お年玉がもらえないことです。そこで登場するのがポータブル国会です。

のび太たちは、運賃を下げる法案を通します。するとその影響はすぐ現実に反映され、おばさんは来られることになります。ここだけ見ると、かなり役立つ道具です。困っている問題へ法律で手を入れ、社会の仕組みを変える。子どもの部屋で国政レベルの操作ができるのだから、力の大きさは相当です。

ポータブル国会で運賃を値下げさせたのび太
影響はすぐに反映される

ドラえもん15巻「ポータブル国会」P165:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

世界を変える道具としては、もしもボックスが代表的です。ただ、もしもボックスが世界の条件を大きく置き換えるのに対し、ポータブル国会は法律や共通認識を通して変えていく感じがあります。社会のルールを改変する分、政治の道具としての生々しさがあります。

のび太の法案はすぐ私物化される

最初の運賃値下げは、まだ社会的な理由があります。ところが、のび太はすぐ調子に乗ります。お年玉は一人一万円以上、子どもに仕事をさせてはいけない、物価を十分の一にする、漢字を変えるなど、自分に都合の良い法案を次々通していきます。

さらに、ゲームでは必ずのび太を勝たせる、のび太をばかにしたら死刑、のび太の誕生日を国民の祝日にするなど、かなり危ない方向へ進みます。ここまで来ると政治ではなく、完全に独裁です。ドラえもんのギャグとして笑えますが、権力を持った人間がどれだけ簡単に自分の都合を優先するかがよく分かります。

この構図は、悪魔のパスポートとも近いです。悪魔のパスポートは悪事を許させる道具で、ポータブル国会は自分に都合のよいルールを作る道具です。どちらも、社会の歯止めを個人の欲望でねじ曲げる怖さがあります。

カイサンの音とともに爆発するポータブル国会
おもしろい爆発音

ドラえもん15巻「ポータブル国会」P171:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

ただし、ポータブル国会には抑制機能があります。無茶な法案を通しすぎると、自動的に解散、つまり爆発します。これはかなり重要な違いです。もしもボックスのように使い手が言った世界へ進み続けるのではなく、装置側が限界を判断して止まります。

抑制機能があるから政治の道具になる

ポータブル国会の面白さは、暴走を想定して作られているところです。法律を作る力は強すぎるので、使い手が自分勝手な法案ばかり通せば危険です。そこで、装置は自動解散という形で止まります。爆発音のギャグに見えますが、政治の仕組みとしてはかなり大事な機能です。

現実の国会にも、議論、投票、選挙、世論、司法など、権力を縛る仕組みがあります。ポータブル国会は一人で法案を通せてしまうため、そのままでは独裁装置です。だからこそ、最後に解散する機能がないと危険すぎます。ドラえもんの道具なのに、ちゃんと権力の制限を入れているところがうまいんですよね。

ただ、その判断基準はかなり曖昧です。運賃値下げや物価の引き下げも、現実には大きな混乱を起こしそうです。それでも装置はしばらく通してしまいます。つまり、ポータブル国会は万能の倫理装置ではありません。最後の限界までは、使い手の判断にかなり任されています。

のび太は案外、政治家向きなのか

興味深いのは、のび太が最初から自分の利益だけを考えていたわけではないところです。日本全体に影響する力を手にしたとき、明るい日本を作ろうという気持ちも見せます。もちろん、すぐ自分に都合のいい法案へ流れてしまいますが、出発点には人の役に立ちたい気持ちもあります。

日本のことを真っ先に考えるのび太
のび太は案外政治家向きなのかもしれない

ドラえもん15巻「ポータブル国会」P166:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

のび太は根が優しいので、困っている人を見ると動ける子です。けれども、目の前に自分の願望があると、そちらへ流されやすい。政治家に必要な公共心と、権力を持ったときの自己抑制。その両方が、この話ではのび太を通して見えてきます。

将来ののび太は会社を興すことになっています。社会に何かを作る側へ回る人物だと考えると、この話の経験も少し意味深です。国全体を動かすような力を一度持ち、調子に乗り、失敗する。ポータブル国会は、のび太に権力の怖さをかなり早い段階で味わわせた道具でもあります。

法律を変えることと世界を変えること

ポータブル国会は、世界のルールを変える道具です。ただし、もしもボックスのように世界を丸ごと別物へ切り替えるのではなく、法律や社会の合意を通して現実を動かします。ここがかなり面白い違いです。

たとえば、運賃を下げる法案は交通会社や経済全体へ影響するはずです。物価を十分の一にする法案も、店や生産者や給料に影響するでしょう。作中ではテンポよくギャグとして処理されますが、実際には一つの法案が多くの人の暮らしを変えます。のび太はそこまで考えずにボタンを押してしまいます。

この軽さが、ポータブル国会の怖さです。小さな装置に紙を入れるだけで、社会全体が動く。責任の大きさに対して、操作が簡単すぎます。ポータブル国会は便利な道具であると同時に、政治をゲーム感覚で扱う危うさを見せる道具でもあります。

法案という形を取っているのに、議論の過程がありません。誰が困るのか、予算はどうするのか、別の制度へどんな影響が出るのか。現実の政治なら避けて通れない部分を、のび太はほとんど考えません。だからこそ、運賃値下げのような一見よさそうな案でも、実はかなり危ういものに見えてきます。

物価を十分の一にする法案などは、子どもには夢のようです。けれども、店で働く人や品物を作る人の収入まで考えると、単純によい話ではありません。ポータブル国会は、願いを法律に変える道具ですが、法律には必ず影響を受ける人がいます。そこを考えないのび太の未熟さが、話をおかしくしながらも少し怖くしています。

権力を持ったときののび太が見える

この話ののび太は、最初は誰かのために使い、途中から自分のために使い、最後には装置に止められます。流れだけ見るとかなり分かりやすい権力の失敗です。善意から始まったものが、便利さと成功体験で少しずつ私物化されていきます。

ドラえもんの道具は、使う人の本性を映すことがあります。ポータブル国会が映したのは、のび太の優しさと弱さの両方です。おばさんに来てほしい、国民を喜ばせたいという気持ちはあります。けれども、ゲームに勝ちたい、自分をばかにされたくない、自分の誕生日を祝日にしたいという欲もあります。

この揺れこそ、のび太らしさです。完全な悪人なら最初から自分のためだけに使うでしょうし、完全な善人なら途中で踏みとどまるでしょう。のび太はその間でふらふらします。だから、ポータブル国会の話はただの独裁ギャグではなく、力を持った普通の子がどう変わるかを見る話になっています。

もしもボックスより限定的だからこそ生々しい

もしもボックスは、世界の前提そのものを変える道具です。それに比べると、ポータブル国会は法律や認識を通して変えるため、少し現実寄りです。だからこそ生々しく感じます。世界が魔法のように変わるのではなく、社会制度として変わるように見えるからです。

たとえば、のび太をばかにしたら死刑という法案は、明らかに行きすぎです。けれども、形としては法律です。個人の感情が法律になった瞬間、周囲の自由が奪われます。ここには、権力者が自分への批判を封じる怖さが小学生向けのギャグとして圧縮されています。

のび太の誕生日を祝日にする法案も、本人には楽しい発想です。しかし国民全体に影響するとなると話は別です。個人のうれしさが、全員の予定を変える。ポータブル国会は、個人的な願いと公共のルールの距離を一気に縮めてしまう道具です。

だからこそ、最後の解散が効いています。失敗して終わることで、のび太は自分の力の扱い方を知ります。ポータブル国会は、笑える政治ごっこの道具でありながら、権力には歯止めが必要だという、かなり大きなテーマを小学生の部屋に持ち込んだ道具です。

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