黄金バット

黄金バットは、振れば必ずボールに当たるという野球の夢をそのまま形にしたひみつ道具です。打撃の才能を補うだけでなく、のび太の焦りやチーム作りの甘さまで一緒に浮かび上がらせるところが、この道具の面白さなんですよね。

ジャイアンズを見返すための野球セット

黄金バットが登場するのは、てんとう虫コミックス7巻収録のジャイアンズをぶっとばせです。野球が苦手なのび太は、ジャイアンたちから戦力外のように扱われ、どうにか見返したい一心でドラえもんに頼ります。そこで出てくるのが、黄金バット、エースキャップガッチリグローブの野球用ひみつ道具三点です。

この組み合わせがよくできているのは、打つ、投げる、捕るという野球の基本動作をそれぞれ補っているところです。黄金バットは打撃を助け、エースキャップは投球を助け、ガッチリグローブは守備を助けます。のび太に足りない運動能力を道具で埋める発想は、ブラックベルトでけんかの腕前を補う流れにも近いものがあります。

ただ、この話で大事なのは、道具がそろえば勝てるという単純な話にしていないところです。のび太は一人で勝つための装備を手に入れた気分になりますが、野球はチームで動く遊びです。打てるバットを持っていても、走る人、守る人、次のプレーを理解する人がいなければ試合は進みません。ドラえもんの道具は性能だけ見れば夢のようでも、それを使う人間の段取りや性格までは自動で整えてくれないんですよね。

女の子チームが野球を知らないからこそ面白い

ジャイアンズに対抗するため、のび太は寄せ集めの女の子チームで試合に挑みます。ここで話は一気におかしくなります。野球のルールを知らない子がいたり、洋服が汚れるからスライディングを嫌がる子がいたり、のび太が思い描いた逆転劇とはかなり違う方向へ転がっていくからです。

洋服が汚れるからスライディングしない女の子
さすがにこの格好で運動はない

ドラえもん7巻「ジャイアンズをぶっとばせ」P33:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

この場面ののび太は、かなり監督らしい顔をしようとしています。けれども、チームメイトに何をどう伝えればいいのかまでは考えられていません。キャッチャーを任せればボールを怖がり、打っても走らず、しまいにはホームから三塁へ逆走する。ひとつひとつは野球としては困った行動ですが、女の子たちにしてみれば、いきなり試合へ放り込まれて怒鳴られているだけでもあります。

のび太の失敗は、道具の性能を自分の勝利へ直結させすぎたことです。黄金バットがあれば打てる。エースキャップがあれば投げられる。ガッチリグローブがあれば捕れる。そこまでは合っています。でも、誰がどの役割を持つのか、なぜ走る必要があるのか、どこへ投げればアウトになるのかを共有しなければ、道具の力はちぐはぐなままです。

このあたりは、のび太が便利な道具を手にしたときの典型的な弱さでもあります。ラッキーガンのように運が働く道具なら本人の読み違いまで含めて話が動きますが、黄金バットはあくまで野球の一動作を助けるだけです。使い手の人間関係や作戦までは引き受けてくれません。だからこそ、のび太が女の子たちに怒鳴り散らして総スカンを食う流れに説得力が出ています。

名前はゆるいのに効果はかなり強い

黄金バットという名前は、野球のバットと昔ながらのヒーロー名をかけた、かなり分かりやすいダジャレです。ドラえもんの道具にはこうした軽い名前が多いですが、名前のゆるさに反して性能はしっかり危険域に入っています。誰が振っても当たるというだけで、野球の勝負を根底から変えてしまうからです。

黄金バットでヒットを打つ女の子
目をつぶっても特大ヒット

ドラえもん7巻「ジャイアンズをぶっとばせ」P32:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

画像の場面では、野球に慣れていない女の子でも黄金バットで見事にボールを打っています。しかも、ただ当てるだけではなく、ちゃんと飛距離が出ているのが重要です。バットに当たる補助だけなら、前へ転がる程度で終わる可能性もあります。ところが作中の描写を見る限り、打球として成立するところまで助けているように見えます。

打撃を補助する道具として考えると、黄金バットはかなり万能です。目測、スイングのタイミング、ミートポイント、インパクトの角度あたりを、ひとまとめに調整しているように読めます。ドラえもんの世界では、電光丸が剣術の反応を補い、キューピッドのやが相手の気持ちを無理やり動かすように、本人の能力や状況を飛び越える道具がよく出てきます。黄金バットもその系譜に入る、かなり強引な才能補助の道具です。

さらに面白いのは、のび太がガッチリグローブとエースキャップを自分で抱え込み、黄金バットだけはチーム全体で使われているように見えるところです。投げる、捕るの道具はのび太の手柄に直結しますが、バットは打順ごとに回っていきます。結果として、女の子たちも黄金バットの力で試合へ参加できるようになります。のび太がチームから追い出された後も、背後では女の子たちが試合を続けている描写があり、道具だけでなく遊びそのものが彼女たちの側へ移っていく感じがあります。

プロが使ったら記録が壊れる

黄金バットをプロ野球選手が使ったらどうなるか、という想像はかなり楽しいです。もともと高い打撃技術を持つ選手が、必ずボールに当たるバットを手にしたら、三振の可能性は大きく下がります。あとは打球の質をどこまで道具が支配するかで、ヒット量産型にもホームラン量産型にも化けそうです。

見た目が普通の木製バットに近いのも厄介です。ひらりマントのように見ただけで不思議な道具だと分かるものなら警戒されますが、黄金バットは試合に紛れ込ませやすい外見です。もし公式戦で使われたら、審判や相手チームはすぐに異常を感じるはずですが、道具の存在を知らなければ原因を突き止めるのは難しいでしょう。

ただ、黄金バットは万能の勝利装置ではありません。打ててもフライなら捕られるし、走塁を間違えればアウトになります。守備や投球の問題も残ります。ここが、ジャイアンズをぶっとばせという話のうまいところです。ドラえもんは一発逆転の道具を出しているようで、野球という集団競技の面倒くささを消してはいません。

しかも、打球が必ず安打になるとは限らない余地が残っているからこそ、道具としてのバランスも絶妙です。バットに当てるところまでは未来の技術で補えても、相手守備の位置、走者の判断、次の塁を狙う勇気までは別問題です。のび太が本当に勝つには、道具を配るだけでなく、全員が同じ場面を見て動けるようにする必要がありました。

この制限があるから、黄金バットは単なるズル道具で終わりません。のび太がほしがったのは、ジャイアンたちを見返すための力です。しかし実際に必要だったのは、仲間にルールを伝え、相手を責めずに試合を進め、道具をチームの中でどう使うかを考える力でした。そう考えると、この道具はのび太に野球の才能を与えるというより、のび太が監督としてどれだけ準備不足だったかを映すバットでもあります。

道具のすごさより、のび太の空回りが残る

黄金バットの魅力は、振れば当たるという分かりやすい夢にあります。スポーツが苦手な人ほど、こういう道具には心をつかまれます。けれども作中で一番印象に残るのは、ヒットの爽快さだけではありません。のび太が勝ちたい気持ちに引っ張られ、仲間を置き去りにしてしまうところです。

ドラえもんのひみつ道具は、本人の願いを叶える形で出てきますが、その願いが未熟なままだと、結果もどこかねじれていきます。黄金バットも同じです。道具の性能は確かで、女の子たちは実際にボールを打てます。それでも、のび太がチームの気持ちをつかめなければ、勝利の物語にはなりません。

だからこの道具は、野球がうまくなるための夢のバットであると同時に、便利な力だけでは人はまとまらないという、かなりドラえもんらしい教訓を含んでいます。ジャイアンに勝ちたい、見返したい、でも仲間にはうまく説明できない。そんなのび太の情けなさと憎めなさが、黄金バットの光り方を妙に人間くさいものにしています。

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