ばっ金箱

ばっ金箱は、悪いことをした人から自動で罰金を取り立てる、集金ロボット型のひみつ道具です。公平なようでいて、誰を悪いと判定するのか、どこまで取り立てるのかを考えるとかなり怖い道具でもあります。

コミック5巻のばっ金箱では、子どもたちがサッカー用の新しいボールを買うためにお金を集めようとします。けれど、みんなで使うボールなのに誰もお金を出したがりません。そこでドラえもんが出したのが、叱られた人から罰金を徴収するばっ金箱です。

悪いことをしたら十円徴収

ばっ金箱は、円柱型の本体に脚とローラー、目のようなセンサーを持つロボットです。叱られそうな人を追跡し、実際に叱られると一回につき十円を取り立てます。子どもの小遣い感覚では、十円でもかなり重い罰です。

取り立て方はかなり強引です。ポケットだけでなく、自宅の貯金箱からもお金を持っていきます。爆弾のような直接的な危険はありませんが、逃げても家まで追ってくるという意味ではかなり執念深い道具です。

ばっ金箱
子どもにとって10円は大金

ドラえもん5巻「ばっ金箱」P67:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

ばっ金箱の判定は、悪いことをしたかどうかではなく、叱られたかどうかに反応しているように見えます。ここが大事です。悪事そのものを客観的に判断するなら正義の機械ですが、叱責をトリガーにするなら、周囲の大人や友だちの反応に左右されます。

みんなでボールを買うための民主主義

話の発端は、ジャイアンが蹴ったボールが有刺鉄線に刺さって使えなくなることです。過去にも同じようなことが何度もあり、子どもたちは新しいボールを買う必要に迫られます。みんなで使うものだから、みんなでお金を出し合うという提案はかなりまともです。

ばっ金箱
素晴らしい提案

ドラえもん5巻「ばっ金箱」P65:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

ところが、実際には誰も払いたがりません。自分も使うけれど、自分だけは負担したくない。子どもたちの小さな社会の中に、公共物と費用負担の問題がそのまま出ています。ばっ金箱は、このずるさを罰金という形で解決しようとする道具です。

同じくお金が絡む道具にはうちでの小づちカネバチがありますが、ばっ金箱はお金を作るのではなく徴収します。つまり、誰かの財布からお金を動かすだけです。そこに現実味があります。

追跡と取り立ての性能が高すぎる

ばっ金箱は、叱られそうな人を自動で探し、実際に叱られたらすぐに取り立てます。この追跡性能はかなり高いです。相手が逃げても、貯金箱の場所まで把握しているように動きます。子ども向けの道具にしては、監視と回収の能力が強すぎます。

もし現実にあれば、交通違反や迷惑行為の取り締まりに使えそうです。けれど、すべての行動を監視される社会は息苦しいです。ポータブル国会がルールを作る道具なら、ばっ金箱はルール違反に即座に金銭ペナルティを与える道具です。どちらも使い方を間違えると生活を窮屈にします。

また、罰金を取る相手が子どもである点も見逃せません。十円は大人にとって小さくても、子どもには大切なお金です。ジャイアンがまめに貯金している描写があるからこそ、取り立ての痛みが分かります。乱暴者のジャイアンにも、自分なりの生活感があるんですよね。

ばっ金箱
マメに貯金しているジャイアン

ドラえもん5巻「ばっ金箱」P71:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

正義と監視の境目

ばっ金箱は一見すると公平です。悪いことをした人からお金を取るので、みんなが納得しやすい仕組みに見えます。けれど、何を悪いこととするのか、誰が叱るのか、罰金額は適切なのかを考えると、問題は一気に複雑になります。

たとえば、叱られやすい子だけが何度も取られるなら不公平です。要領よく叱られない子は逃げられます。ばっ金箱が叱責に反応する道具なら、実際の悪さよりも見つかりやすさが罰金の差になります。これは現実の制度にも通じるかなり厄介な問題です。

ペコペコバッタは悪事を白状させる道具ですが、ばっ金箱は白状を待たずに徴収します。どちらも正義の道具に見えて、使い方次第では人間関係を壊します。罰を与える道具は、便利さよりも運用の慎重さが大事です。

罰金の額が十円固定である点も面白いです。悪さの重さに関係なく一回十円なら、軽いいたずらも大きな迷惑も同じ扱いになります。これは分かりやすい一方で、かなり乱暴です。未来の道具なら、本来は被害の大きさや本人の反省まで見て金額を変えるべきでしょう。

また、集めたお金の使い道がボール代であることも重要です。ばっ金箱は罰のためだけに使われているわけではなく、みんなのための資金を集める目的があります。だから最初は正当化しやすい。けれど、目的が正しそうに見えるほど、取り立ての乱暴さが見えにくくなります。

ジャイアンの貯金箱からお金が取られる場面には、少し意外な味があります。乱暴者のジャイアンも、ちゃんと貯金している。普段の行動は問題だらけでも、生活の一部にはまじめさがある。ばっ金箱は悪い人からお金を取る道具のはずなのに、相手のそういう面まで踏み込んでしまいます。

もし学校に導入されたら、遅刻、忘れ物、廊下を走ることまで全部罰金になるかもしれません。最初は規律がよくなるように見えますが、子どもたちは叱られないように動くだけで、なぜその行動が悪いのかを考えなくなる可能性もあります。罰だけでは人は育ちません。

十円で社会の仕組みが見える

ばっ金箱の面白さは、子どもの十円から監視社会の話まで広がるところです。みんなで使うボールをどう買うか。悪いことをした人からどうお金を取るか。逃げる人をどう追いかけるか。短い話の中に、公共性、罰、監視、徴収が詰まっています。

ドラえもんの道具は、日常の小さな困りごとを大きなテーマへつなげることがあります。ばっ金箱もその一つです。ボール代を集めるだけなら便利ですが、使うほど、誰かが誰かを見張る社会になっていきます。

それでも、ばっ金箱の発想には魅力があります。悪いことをした人が負担し、みんなで使うものを買う。子どもたちの理屈としてはかなり筋が通っています。だからこそ、道具の強制力が強すぎるところが惜しいです。話し合いで決めた負担と、ロボットに追い回されて取られる罰金では意味がまるで違います。

この道具が本当に役立つとしたら、使う前に細かいルールを決める必要があります。何をしたら罰金なのか、誰が判定するのか、集めたお金を何に使うのか。そこを曖昧にしたまま使うと、単なる取り立てロボットになります。

ばっ金箱が怖いのは、お金を取るだけでなく、相手を追い詰めるところです。自分のポケットを探られ、貯金箱まで狙われると、子どもにとって逃げ場がありません。悪いことをしたから仕方ないと言われても、その取り立て方には圧迫感があります。

ジャイアンが貯金している事実も、この話に少しだけ生活の厚みを出しています。乱暴で自分勝手な彼にも、自分のお金をためる習慣があります。ばっ金箱はその努力まで一気に奪うので、罰として正しいのか少し迷います。悪いことをした人にも、守られるべき部分はあるはずです。

ドラえもんが出す道具は、問題を手早く解決するかわりに別の問題を生みます。ばっ金箱も、ボール代を集めるという目的だけなら便利です。けれどその過程で、子どもたちの間に監視と恐怖を持ち込んでしまいます。

ボールを買うという平和な目的から、ここまで物々しい取り立て装置が出てくる落差も面白いです。子どもの遊び場の問題が、急に制度と罰の話へ変わります。ドラえもんの短編らしい飛躍です。

ばっ金箱は、悪いことをしたら罰を受けるという分かりやすい道具です。けれど、その分かりやすさの裏には、罰を誰が決めるのかという難しさがあります。十円玉を集める小さな箱なのに、社会のルールまで考えさせる、かなり味わい深いひみつ道具です。

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