悪魔のパスポート

悪魔のパスポートは、見せるだけでどんな悪事も許されてしまう、ドラえもん屈指の危険なひみつ道具です。自由を与える道具ではなく、罪悪感と社会の歯止めを外す道具として読むと、その怖さが一気に深くなります。

悪者になりたいのび太が手にした免罪符

てんとう虫コミックス13巻の悪魔のパスポートでは、お小遣いの前借りを断られたのび太が、とことん悪者になってやろうと考えます。そこで、ドラえもんが処分しようとしていた悪魔のパスポートを奪い取ります。ドラえもんが処分予定だった時点で、すでに普通の道具ではありません。

悪魔のパスポートの効力
悪に染まる手前ののび太

ドラえもん13巻「悪魔のパスポート」P139:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

のび太は、タンスからお金を抜き取る、ゴミ箱を倒す、土足でよその家へ上がる、ジャイアンを殴る、スカートをめくる、マンガを万引きするなど、次々に悪事を働きます。普通なら叱られて当然ですが、パスポートを見せると、みんな笑って許してしまいます。

悪事をはたらいても全力で許すみんな
街中がおかしなことになっている

ドラえもん13巻「悪魔のパスポート」P140:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

この許され方が異様です。相手が我慢しているのではなく、本当に笑顔で許しているように見えます。つまり、悪魔のパスポートは相手の感情や判断を変えてしまう道具です。Yロウが相手の頼みごとへの判断を曲げる道具なら、悪魔のパスポートは罪を許す判断そのものを消してしまいます。

のび太は悪人になりきれない

道具の効果だけ見れば、悪魔のパスポートは使い放題の免罪符です。欲しいものを取っても、迷惑をかけても、相手は許してくれます。けれども、のび太は次第に苦しくなっていきます。誰にも責められないからこそ、自分の中の罪悪感が消えないんですよね。

ここがこの話の一番の読みどころです。のび太は悪いことをしたいと言い出しますが、根っからの悪人ではありません。叱られない世界に放り込まれても、本人の良心までは消えません。むしろ、周囲が許せば許すほど、自分がやっていることの気持ち悪さに気づいていきます。

悪者になりきることができないのび太の優しさ
のび太に悪人は似合わない

ドラえもん13巻「悪魔のパスポート」P143:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

最終的にのび太は、悪事を精算して真面目な人間に戻ります。この流れは、悪運ダイヤで他人に痛みを押しつけきれなかったのび太にもつながります。のび太は弱くてずるいことも考えますが、誰かを傷つけ続けることには耐えられません。

処分予定だった理由がよく分かる

悪魔のパスポートは、もし本当に悪人の手に渡ったら危険です。食べ放題、持ち去り放題、入り込み放題、壊し放題。どれだけ悪いことをしても、相手が許してしまうなら、社会のルールは成り立ちません。

ドラえもんが処分しようとしていたのは当然です。この道具は、使い方次第で便利になる余地がほとんどありません。のび太のような子だから最後に戻ってこられましたが、良心の歯止めが薄い人間なら、どこまでも悪用できます。道具名そのものが、未来の道具としては異例なほど不穏です。

近い怖さを持つ道具としては、どくさいスイッチもあります。どちらも、社会や人間関係の根本を壊します。どくさいスイッチは邪魔な人を消す道具で、悪魔のパスポートは自分の罪を消す道具です。どちらも、使う人の心が弱いほど危険になります。

また、悪魔のパスポートは、罰を避けるだけでなく、相手の怒りや悲しみまで消してしまうように見えます。被害を受けた側が笑って許すので、のび太は外から責められません。けれども、被害がなかったことになるわけではありません。盗まれたもの、壊されたもの、嫌な思いをした事実は残るはずです。

この不自然さが、読んでいて気持ち悪いところです。町の人たちが優しいのではなく、道具によって優しくさせられている。善意に見える反応が、実は強制された許しになっています。さいみんグラスの催眠と同じく、相手の内面に踏み込む危うさがあります。

許されることは、本当に幸せなのか

この話が深いのは、何をしても許される世界が、決して楽園に見えないところです。のび太は最初こそ調子に乗りますが、周囲の反応が優しすぎるほど、自分の悪さが浮き彫りになります。叱られないことは自由ではなく、反省のきっかけを失うことでもあります。

人は叱られるからこそ、やってはいけないことに気づきます。もちろん理不尽に怒られるのはつらいですが、すべてを許されるのもまた不気味です。悪魔のパスポートは、罰を消すことで、逆に良心の存在を強調します。外から責められなくても、自分の中で責める声が残るかどうかが試されます。

この点で、のび太はかなり強いです。勉強も運動も苦手で、すぐ泣きます。それでも、悪事を重ねた後に自分で苦しくなれる。これはのび太の大事な美点です。ドラえもんの道具は、彼のだめなところを見せるだけでなく、最後に残る人間らしさも照らします。

悪魔のパスポートは、のび太の善良さをかなり厳しい形で試しています。誰も怒らない状況で、自分からやめられるかどうか。普通なら、怒られたから反省したのか、悪いと思ったから反省したのか分かりにくいです。けれどもこの道具は、外からの叱責を消すことで、のび太自身の良心だけを残します。

のび太の悪事が小学生らしいから効く

のび太が働く悪事は、世界を破壊するようなものではありません。お金を抜き取る、ゴミ箱を倒す、よその家に土足で上がる、マンガを万引きする。どれも身近で、子どもが悪いこととして想像しやすいものです。だからこそ、道具の怖さが読者の生活感に届きます。

もし最初から大犯罪ばかり描かれていたら、話は遠いものになったかもしれません。のび太の悪事は小さいけれど、確実に誰かを困らせるものです。そこに許されてしまう異常さが重なります。日常のルールが少しずつ壊れていく感じが、この話の不気味さを強めています。

ジャイアンを殴る場面も、普段の力関係を考えると読者には少し痛快かもしれません。けれども、パスポートで許されるから殴るという形になると、正当な仕返しとは違ってきます。のび太が悪人になりきれないのは、その違和感を自分でも感じているからでしょう。

のび太の悪事は、どれも子どもの反抗心の延長にあります。お金がほしい、怒られたくない、強い相手をやり返したい、欲しい本を手に入れたい。気持ちだけなら理解できるものばかりです。だからこそ、パスポートでそれが全部通ってしまうと、日常の小さな欲望がどれだけ危険に変わるかが見えてきます。

悪人になるというのび太の宣言も、実はかなり幼いものです。本当の悪を知っているわけではなく、叱られた腹いせに悪ぶっているだけです。だから、実際に周囲を困らせ始めると、すぐに心が追いつかなくなります。悪魔のパスポートは、のび太の悪ぶりの浅さまで暴いてしまう道具です。

未来の技術が倫理を越えてしまう怖さ

悪魔のパスポートは、技術として考えてもかなり異常です。人間だけでなく、動物の反応まで変えられるような描写があります。単なる身分証ではなく、見せられた相手の心へ働きかける装置です。未来の技術が人の道徳判断へ直接介入していると考えると、かなりぞっとします。

似たように社会全体へ作用する道具には、ポータブル国会があります。あちらは法律や認識を変える道具で、悪魔のパスポートは個々の相手の許しを引き出します。どちらも個人の欲望が社会のルールをねじ曲げる話です。

悪魔のパスポートは、のび太が使ったからギャグと反省で終わりました。けれども、その性能だけを見れば、ドラえもんの道具の中でもかなり危険な部類です。何をしても許されるという夢は、実は人間を孤独にしていく。のび太が途中で苦しくなったことこそ、この道具に対する一番まともな反応だったのだと思います。

許されることは、必ずしも救いではありません。悪いことをしたときに誰かが止めてくれるから、人は元の場所へ戻れます。悪魔のパスポートは、その止めてくれる声を消してしまう道具です。のび太が自分で戻ってこられたのは、弱いようでいて、心の奥にちゃんと戻る場所があったからです。

この戻る場所がない人間に渡ったら、悪魔のパスポートは本当に危険です。周囲の制止も、法律も、被害者の怒りも届かなくなる。のび太の話はギャグで終わりますが、道具の構造だけを取り出すと、社会を壊す力を持っています。処分予定だったという設定は、決して大げさではありません。

おすすめの記事