さいみんグラス

さいみんグラスは、かけるだけで誰でも催眠術を使えるようになるメガネ型のひみつ道具です。相手を操る危なさだけでなく、自分に催眠をかける応用まで見せるところに、のび太らしい発想力が出ています。

ジャイアンの催眠術ごっこから立場が逆転する

てんとう虫コミックス11巻のさいみんグラスでは、ジャイアンが催眠術に興味を持ちます。のび太とスネ夫を相手に一生懸命それらしいことをしますが、当然うまくいきません。イライラしたジャイアンに殴られるのび太は、いつものように理不尽な被害者です。

そこへドラえもんが出すのが、さいみんグラスです。これをかけると、素人でも相手に催眠術をかけられるようになります。のび太はさっそくジャイアンへ仕返しし、女の子だと思い込ませたり、犬だと思い込ませたりします。相手の認識を書き換える道具なので、笑える場面でありながら効果はかなり強烈です。

認識を変えるという点では、相手の判断をゆがめるギシンアンキや、言葉で相手の気分を変えるおせじ口べにとも並べて考えたくなります。ドラえもんの道具は、物理的な力よりも心理を動かすものの方が、実は怖いことが多いです。

催眠術にかかってフクロウになったのび太のパパ
これはこれで衝撃的なシーン

ドラえもん11巻「さいみんグラス」P94:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

最後には、のび太のパパが誤って自分自身に催眠術をかけ、自分はフクロウだと思い込んでしまいます。この場面があることで、さいみんグラスの効果が相手限定ではないことが分かります。使い方を誤れば、かけた本人まで簡単に巻き込まれる。便利なメガネというより、かなり危険な認識操作装置です。

パパが巻き込まれることで、家庭の中の安全な空間まで一気におかしくなります。ジャイアン相手の仕返しだけなら、子ども同士のドタバタで済みます。けれども大人まで催眠にかかると、道具の効果が年齢や立場を問わないことが分かります。そこに、さいみんグラスの底知れなさがあります。

スネ夫の世渡りのうまさが光る

この話で地味においしいのがスネ夫です。ジャイアンが催眠術を試しているとき、のび太は正直に変化がないと答えます。一方でスネ夫は、腕が重くなってきたような反応を見せ、ジャイアンの気分を損ねないように立ち回ります。

催眠術にかかったフリをするスネ夫
バカ正直な人が痛い目を見る理不尽さ

ドラえもん11巻「さいみんグラス」P90:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

もちろん、スネ夫は本当に催眠術へかかったわけではありません。ジャイアンを気持ちよくさせるために、かかったふりをしているだけです。ここに、のび太とスネ夫の差がはっきり出ます。のび太は正直すぎて痛い目を見ますが、スネ夫は相手の機嫌を読んで危険を避けます。

この世渡りはずるく見えますが、ジャイアンの近くで生きるスネ夫にとっては防衛術でもあります。悪口べにのように言葉が直接トラブルになる道具を見ても分かる通り、ドラえもん世界では言い方ひとつで状況が変わります。スネ夫はその空気の読み方だけはかなり高性能です。

のび太の正直さは魅力でもありますが、ジャイアン相手には危険です。催眠術にかかっていないと素直に言えば、ジャイアンの機嫌を損ねる。スネ夫はそこを読んで、演技で場を収めます。さいみんグラスが出る前から、この話には本物の催眠術とは別の、相手の気分に合わせる社会的な演技が描かれているんですよね。

鏡を使った自己催眠に気づくのがのび太らしい

さいみんグラスの一番面白い応用は、鏡に映った自分へ催眠術をかける使い方です。相手を操るための道具として出てきたものを、自分自身へ向ける。そこに最初に気づくのがのび太というのが、かなり良いんですよね。

のび太の発想力の転換にびっくり
のび太の発想力に脱帽

ドラえもん11巻「さいみんグラス」P94:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

のび太は勉強も運動も苦手ですが、ひみつ道具の抜け道を見つける力はかなりあります。コンピューターペンシルのように能力を外から補う道具とは違い、さいみんグラスの自己催眠は、自分の思い込みを利用して力を引き出す方向へ進みます。ここが単なるズルとは少し違うところです。

もちろん、これも安全とは限りません。自分は何でもできると思い込むことは、場面によっては大きな助けになります。けれども、現実の限界を無視したまま行動すれば危険です。パパがフクロウになりきってしまったように、強すぎる思い込みは本人の行動をそのまま変えてしまいます。

のび太の応用力は、ドラえもんを困らせることも多いですが、ここでは道具の可能性を広げています。普通なら相手へ向けるメガネを、鏡で自分へ返す。この発想は、タイムテレビようろうおつまみのように、使い方次第で意味が変わる道具を読む楽しさにも通じます。のび太は怠け者ですが、ひらめきの角度だけは鋭いです。

心理を操る道具は便利さより危うさが勝つ

さいみんグラスは、道具として考えると恐ろしく強いです。相手に思い込ませたいことをほぼ確実に入れられるなら、ケンカの回避、苦手克服、勉強や運動の自信づけなど、使い道はいくらでもあります。天才ヘルメットのように能力を上げる道具とは違い、さいみんグラスは本人の認識を変えることで行動を変えます。

しかし、相手の意思を飛び越える道具はどうしても危険です。ジャイアンを犬と思い込ませる場面はギャグですが、現実的に考えればかなり乱暴です。相手が何を信じるかを外から決めてしまうのは、キューピッドのやで恋愛感情を動かす怖さにも近いものがあります。

ドラえもんの心理系道具は、笑いの形で出てきても、人間関係の境界線を軽々と越えます。さいみんグラスもその一つです。のび太がジャイアンへ仕返しできる爽快さはありますが、同じ道具が誰の手に渡るかで、話の色は一気に変わります。

とくにさいみんグラスは、相手に自覚がないまま行動を変えさせる点が厄介です。殴られたり縛られたりするわけではないのに、本人の内側から信じ込んでしまう。外から見るとふざけた行動でも、本人にとっては本気です。このズレがギャグを生む一方で、道具としての危うさも強めています。

ジャイアンが犬になりきる場面も、笑いの中に相手の尊厳をいじる怖さがあります。のび太は仕返しのつもりですが、催眠にかかった側は自分を疑えません。相手の心の内側へ勝手に入り込む道具だからこそ、使う側の節度が必要になります。

信じ込みの力を笑いに変える道具

さいみんグラスの面白さは、催眠術という怪しげな題材を、のび太の発想力と家族のドタバタへ落とし込んでいるところです。ジャイアンの空回り、スネ夫の立ち回り、のび太の仕返し、パパのフクロウ化。どの場面も、誰かが何かを信じることで笑いが生まれています。

同時に、この道具は思い込みの力も見せています。自分はできると信じることは、現実の行動を変えるきっかけになります。けれども、信じ込みが強すぎれば、フクロウにもなってしまう。さいみんグラスは、信念の力と危うさを、ドラえもんらしい極端な形で見せてくれる道具です。

この極端さがあるから、さいみんグラスは単なる仕返し道具で終わりません。ジャイアンをからかう笑い、スネ夫のずる賢さ、のび太の応用力、パパの珍妙な姿まで、一本の道具から複数の読みどころが生まれています。催眠術という題材を、キャラクターそれぞれの性格へきれいに接続しているのが見事です。

パパのフクロウ化は、家族回としての後味も作っています。外でのトラブルが家の中へ持ち込まれ、最後に大人が一番妙な姿になる。ドラえもんではよくある構造ですが、ここでは催眠の強さがそのまま家庭の笑いへ変わっています。道具の危険さとギャグの軽さが同時に成立している場面です。

相手を操るために使えば危険で、自分を奮い立たせるために使えば可能性が広がる。同じメガネなのに、向ける相手で意味が変わるところが、この道具の奥行きです。のび太が見つけた鏡越しの使い方には、ひみつ道具をただ借りるだけで終わらせない彼らしいひらめきが詰まっています。

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