手や足や目などの体のパーツをまるでパズルのように、自由に付け替えられたら。そんな不条理な状況、ドラえもんの世界だったら実現してしまいます。今回はそんなカオスなひみつ道具「つけかえ手ぶくろ」の解説です。
お金欲しさに目が欲しい
毎年減っていくお年玉の額に怒りを感じるのび太。しまいには「お金落ちてないかな」と下を向いたまま歩き出す始末。そんな歩き方をしているもんだから後ろから自動車が来ても気付かずに、あわや事故に遭いそうになってしまいます。
驚くべきジャンプ力 ドラえもん7巻「ねこの手もかりたい」P155:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
そこでドラえもんが出したひみつ道具が「つけかえ手袋」です。これを使えば身体の部品を取り替えることができるというもので、要するにのび太の後頭部に目玉を1つ取り付けることで、安全になるということなのですが・・・。
まず驚くのは、目玉をカポッと取り外せるという設定です。現実的な観点からすれば信じられない話ですが、ドラえもんの世界では体のパーツが道具によって簡単に着脱できる素材であるかのように扱われます。つけかえ手袋をはめた手でパーツに触れるだけで脱着ができるという操作性のシンプルさも、子ども向けの道具らしい設計です。
見かたによって不気味なストーリー
早速ドラえもんがのび太の目玉片方をカポッと取り外し、後頭部に付けてみました。
ドラえもんの優しい目が不気味 ドラえもん7巻「ねこの手もかりたい」P156:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
「前後両方見える!」と大はしゃぎするのび太ですが、何かを思いついたらしく、ドラえもんに残った片方の目玉を膝に付けてくれと頼みます。目が地面に近くなるので、落ちているお金を見つけやすいという実に阿呆な理由からの発想なのですが、これがまあ不気味。
先生もびっくりして当たり前だ ドラえもん7巻「ねこの手もかりたい」P157:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
道で出会った先生に対しても奇妙な言動を取ってしまうのです。
現実的に考えるとグロテスクな道具
手足のパーツを付け替えるという壮絶にデタラメなお話です。カポッと目玉を取られるのび太はマンガだからいいようなものの、想像したらかなりグロテスクなシーンです。同年代の赤塚不二夫先生が、ギャグとはいえマンガの中で人体改造をしまくっていたので、当時としてはギャグの範ちゅうで済まされていたのかもしれませんね。
改めて考えると、のび太が考えつく応用法が実にのび太らしいのです。後頭部や膝に目を付けるというアイデアは、落としたお金を見つけやすくするとか、後ろからくる危険に気づくとかいう非常に実用的かつ地道な動機から生まれています。もっと大きな夢を描いてもよさそうなものですが、落ちているお金を探すという発想が実にのび太らしい目線で、このエピソードの面白さの核心になっています。
痛みは伴わない整形手術
つけかえ手袋で身体のパーツを外されても、特に痛みなどはありません。取られた後ものっぺらぼうのように何も残らず、傷跡や穴なども残りません。福笑いなどに近い感覚のようです。
ヒゲを描き忘れているため、余計に違和感がある ドラえもん7巻「ねこの手もかりたい」P158:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
これも捉えようによっては不気味なのかもしれませんが。
体のパーツ交換という発想の先にあるもの
つけかえ手ぶくろの発想を現代の技術に置き換えると、義肢や義眼の分野に近いものが見えてきます。現在でも失った手足の代わりとなる義肢が開発されていて、特に電動義手は神経信号を読み取って指を動かすという高度な技術が実用化されています。つけかえ手ぶくろはそこからさらに進んで、本物の手を脱着できるというところまで行ってしまいますが、発想の方向性としては義肢の延長線上にある未来技術ともいえます。
また、SFの文脈で語れば「サイボーグ化」という概念に近い部分もあります。体のパーツを機能的により優れたものに交換していくという発想は、SFでは定番のテーマです。つけかえ手ぶくろが面白いのは、こうした壮大な概念を「目玉を膝に付けてお金を探す」という非常に庶民的かつ間抜けな形で体現しているところです。のび太らしい発想が、SF的な大テーマをギャグの中に落とし込んでいるという点で、このエピソードは藤子F不二雄先生の天才性が光る一話です。
コンセプトが似たひみつ道具は?
実はこのとんでもない道具に似たコンセプトのものが2つあります。
【1】ふくわらい石けん
似たような道具だと、藤子不二雄ランド19巻に出てくる「ふくわらい石けん」があります。この石けんで顔を洗うと顔のパーツまで一緒に洗い流せて、自分の顔で福笑いが楽しめるという道具です。自分で元に戻すのが難しかったり、皆で一緒に使ってしまうと顔のパーツがゴチャゴチャになってしまう危険があるので、使い所が難しい石けんといえるでしょう。
【2】分解ドライバー
長らく単行本に未収録で、藤子・F・不二雄大全集版第18巻でようやく日の目を見た「分解ドライバー」は、ちょっと当てるだけで色々なものをバラバラに出来る道具です。もちろんそれには人体も含まれており、ママに「手を貸して」といわれたドラえもんがのび太をバラバラにして手だけ持っていって貸そうとしたり、バラバラにされたのび太が不完全にくっついた身体を見て「これはこれで面白いんじゃないか」とのたまったりなど、出てくるキャラの言動が揃いも揃って狂っているカオスな内容となっています。実際読むと、これまで収録されなかったのもやむなしといった感じです。
つけかえ手ぶくろが面白い理由のひとつは、体のパーツという非常に個人的なものを「道具として扱う」という感覚のズレにあります。私たちは普段、体の一部を取り外したり付け替えたりするという発想を持ちません。それが当然のように行われる世界を描くことで、体とは何か、自分とは何かという哲学的な問いを突きつけているようにも見えます。のび太がお金を拾うために目を膝に付けるという行動は滑稽ですが、その滑稽さの中に「体への執着とは何か」というテーマが隠れているのかもしれません。
つけかえ手ぶくろに似た発想の道具として人体とりかえ機があります。体の部位を選んで両者間で入れ替えることができる道具で、のび太がしずちゃんと頭を交換したり、ドラえもんがスネ夫と足を交換したりと自由自在です。つけかえ手ぶくろが個人の体内でパーツを移動させるのに対し、人体とりかえ機は二人の間でパーツを入れ替える点が異なります。
取り消しゴムと目鼻ペンは顔のパーツを消しゴムで消して、目鼻ペンで好きな顔を描き込むことができる道具です。つけかえ手ぶくろのように体のパーツを物理的に移動させるのではなく、描き替えるという点で別のアプローチですが、体の一部を自由に変えるという発想はよく似ています。
アベコンベは触れたものをすべてあべこべにしてしまう道具で、つけかえ手ぶくろと同様にコミックを読んでも理解に苦しむ奇妙な効果を持ちます。混乱を引き起こすひみつ道具の代表格ともいえる存在です。
お金欲しさに目が欲しいを読み直すポイント
お金欲しさに目が欲しいは、効果の派手さだけでなく、使われる場面によって印象が大きく変わるひみつ道具です。ドラえもんの道具は、性能を説明するだけなら一言で済むものも多いのですが、実際のエピソードではのび太たちの性格やその場の空気が重なって、単なる便利アイテム以上の面白さが生まれます。お金欲しさに目が欲しいもその一つで、困りごとを解決する力と、使い方を間違えた時の危うさが同時に見えるところに読み応えがあります。
読者目線で考えると、お金欲しさに目が欲しいを自分ならどう使うか想像しやすい点も魅力です。学校や家、友だちとの遊び、ちょっとした失敗の場面など、日常の延長に置いて考えると、便利そうに見える一方で守るべきルールも自然に見えてきます。そこまで含めて読むと、お金欲しさに目が欲しいは笑える道具でありながら、未来の技術とどう付き合うかを考えさせてくれる存在でもあります。






