場所を選ぶことなく、どこでも金魚や熱帯魚などを飼うことができるひみつ道具ペット用魚えさ。このえさを食べた魚は水の外でも生きられるようになり、さらには飼い主のにおいをつけた人によくなつくという至れり尽くせりな効果を持っています。
スネ夫の自慢に対抗するのびた
例によって、庭の池で飼っている魚を自慢するスネ夫。のびたは羨ましくなりますが、普通の住宅には池なんてないし大きな水槽もありません。あきらめムードののびたがドラえもんにその話をすると、ドラえもんは憤慨し、うちでも魚を訓練しようといい出します。しかも水槽もいらないというではありませんか。
のびたのこの自分も欲しい、羨ましいと声に出して意思表明する姿勢がいいですよね。スネ夫に自慢されるたびに羨ましがりながらも、ドラえもんにお願いして対抗策を見つけるというパターンは、のびたとドラえもんの関係を象徴するやり取りです。スネ夫に勝ちたいという動機から、最終的に想像を超えたひみつ道具が登場するという展開は、ドラえもんの話の中でも特に楽しいパターンの一つです。
空を飛ぶ魚たち
せっかく飼うのなら珍しい魚で、しかも無料で手に入れようと、ドラえもんが取り出したのがペット用魚えさです。
遠くに見える船がシュールな一コマ ドラえもん7巻「空とぶさかな」P38:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
まず餌をギュッと握ることで自分のにおいを付け、海にばらまきます。すると餌を食べた魚たちが次々に空中に浮かんでできます。ペット用魚えさを食べると、空気の中でも生きていけるようになり、しかもにおいを付けた人によくなつくという効果まであるのです。
空中を泳ぐ魚というビジュアルのシュールさは、このエピソードの最大の見どころです。魚が空を泳いでいる光景は、日常の中に突然非日常が混入したような不思議な感覚を生み出します。しかも本物の魚なので当然ヌメヌメしているわけで、それが空中でのびたの周りを泳いでいる様子はなんともいえない笑えるシーンです。
スネ夫の悪い癖
世にも珍しい魚のペットを見たスネ夫は後悔し、ドラえもんたちの隙をついてペット用魚えさを盗み出します。どうしてスネ夫はこうやって影でコソコソ動くような真似をするのでしょうか。素直に自分も分けて欲しいと一言いえば済む話なのに。
それを深海魚が食べ、最終的にスネ夫の前に現れたのは、グロテスクな深海魚ばかりというオチでした。
懐くはずが、噛みつかれるスネ夫 ドラえもん7巻「空とぶさかな」P42:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
海の真ん中にばらまいた餌を食べるのはほとんどが深海魚だという点が巧みです。普通の魚は大陸棚付近の沿岸に生息していますが、真っ暗な海の真ん中に餌を撒けば集まってくるのは深海魚ばかり。生態学的に正しい描写になっていて、スネ夫の自業自得のオチに科学的な裏付けを持たせているのが藤子先生らしいところです。
自分のことのように怒るドラえもんに感謝
いつもいじめられてばかりののびたがドラえもんに相談すると、ドラえもんはまるで自分ごとのように怒りをあらわにし、仕返しを企てます。のびたとドラえもんとの間には二人三脚で生活し、苦楽をともにする友情があるからこそ、大きな信頼関係が生まれているんでしょうね。
ドラえもんの豊かな表情に注目 ドラえもん7巻「空とぶさかな」P36:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ここまで親身になってくれるドラえもんの姿を見ると、安心できます。のびたを守ろうとするドラえもんのこういった場面は、ドラえもんが単なる道具の提供者ではなく、のびたの本当の友人であることを改めて感じさせてくれます。
色々な意味で主役の魚たち
今回のポイントはこの魚たちで、普通の魚が空を泳いだりのびたに懐いている姿はとてもシュールで、この光景だけでも充分おもしろ過ぎたりします。
真顔でチンチンする魚の表情が笑いをさそう ドラえもん7巻「空とぶさかな」P40:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
オチとなる海の真ん中の深海魚は勉強になるポイントです。ほとんどの魚が生息しているのは大陸棚。陸も何もない海で生息しているのは深海に住んでいる深海魚ばかり。この違いを上手に書き分けているところもさすがですね。
ペット用魚えさの生物学的な不思議
魚が水の外でも生きられるようになるという効果は、生物学的に考えると相当な変化です。魚がエラ呼吸から肺呼吸に切り替わるのか、あるいはエラのまま空気から酸素を取り込めるようになるのか、コミックでは説明がありません。
実際に水中から陸上に適応した生き物の進化的な歴史を考えると、これは数億年かけて起きた変化です。それを餌一つで実現するというのは、藤子先生の豪快な発想力の産物ですが、もしそのメカニズムが解明されれば生物学上の大革命になります。空気の中でも生きられる魚、というのは水槽要らずのペットとして夢のような存在で、現代の熱帯魚ブームの中でも需要が高そうです。
においによるなつき効果も興味深い設定です。においを記憶して特定の人間に懐くという行動は、犬や猫でも見られますが、魚は通常そういった行動を取りません。ペット用魚えさが行動面にも影響を与えているとすれば、単なる環境適応だけでなく脳や神経系にまで影響する成分が含まれているということになります。
あまり例がないひみつ道具
ペット用魚えさは、道具名だけを聞くとごく普通に売っていそうな魚の餌ですよね。実はその機能はとてもすごく、水生生物を陸で生活できるようにするどころか空中での移動まで可能にし、人間に対して従順になるという至れり尽くせりな内容です。動物が従順になる道具というと桃太郎印のきびだんごがお馴染みですが、あちらは魚の生活環境まで変化させてくれません。
空を泳ぐ魚が持つ意味
ペット用魚えさで実現する空中を泳ぐ魚という光景は、水の中を泳ぐ魚という固定概念を完全に覆します。魚は水の中でしか生きられないという常識を、えさ一つで変えてしまうという発想は、ドラえもんのひみつ道具の中でも特に豊かな想像力から生まれた設定です。
空中を泳ぐ魚のペットというのは、実用性はともかく純粋に面白いものです。水槽という制約から解放された魚が、部屋の中を自由に泳いでいる光景は、どこか夢の中の情景に近いものがあります。のびたがこのペットを持って学校に行ったら、どんな騒ぎになるかと想像するだけでも楽しくなります。
また、においによって特定の人になつくというのは、ペットとしての機能としても面白い設定です。魚が自分の名前に反応したり、飼い主の声に寄ってくるという行動は、犬や猫では当たり前ですが魚では考えられません。ペット用魚えさはそこまで魚の行動を変えるという意味で、単なる環境適応を超えた効果を持っています。
ペット・動物に関するひみつ道具は他にも多く登場します。ペットそっくりまんじゅうは食べたペットが飼い主そっくりの顔になってしまう道具で、ペット関係の道具という点で共通します。動物ごっこぼうしは人間が動物の能力を使えるようになる道具で、人と動物の境界を越えるという発想が共通します。動物変身ビスケットは食べると5分間動物に変身してしまう道具で、食べ物が動物に影響するという点でペット用魚えさと共通します。おおかみ男クリームも動物への変身を引き起こす道具として同じカテゴリーに属します。ひとつの餌で魚の生態そのものを変えてしまうペット用魚えさは、これらの道具の中でも特に効果の規模が大きい一本です。空を泳ぐ魚というビジュアルの強さも相まって、ドラえもんのひみつ道具の中でも視覚的に最もインパクトがある道具の一つとして記憶に残ります。のびたとドラえもんが力を合わせて魚のペットを育てようとするという、ほのぼのとした日常の一コマとしても楽しめる、ドラえもんらしさが存分に詰まった、読んで楽しいエピソードです。






