図鑑に載っている実物を本の中から取り出せるほんもの図鑑は、コミック第6巻で登場する道具です。使い方次第で便利にも危険にもなる、著故ある設計を持った一品です。
のび太は猿か、否か
スネ夫にメガネザルに似ていると指摘されたのび太が、メガネザルとは何かを調べるためにドラえもんが出した道具です。一見普通の図鑑ですが、本の中から実物が飛び出してくる仕組みになっており、動物図鑑の他にも乗り物や食べ物などさまざまなシリーズが存在することが示唆されています。
のび太が図鑑でメガネザルのページを開くと、本物のメガネザルが飛び出してきます。図鑑のページに描かれているものがそのまま立体化して取り出せるという設計は、博物館や図書館の在り方をひっくり返すような発想です。描かれているものが実物として使えるということは、動物図鑑から取り出した動物は本物と同じように生きて動き回るということでもあり、使い方によっては相当な影響力を持つ道具だとわかります。
眉毛がなくてちょっと怖いドラえもん ドラえもん6巻「ほんもの図鑑」P48:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ドラえもんが眉毛のない怒り顔でのび太に道具を渡す場面は、この巻の中でも印象的なコマです。メガネザルに似ていると言われたのび太のショックと、それに対して手っ取り早く解決策を出すドラえもんのやりとりが、初期コミックのテンポ感をよく表しています。
本物を取り出したら、元に戻す必要あり
ほんもの図鑑から取り出したものは元に戻さないとページが空白になってしまいます。食べ物などは食べてしまったら失われ、自動車などは使用中に破損した状態のまま残ります。また新しいものを図鑑に入れると新ページが自動追記されるという便利なしくみもあり、図鑑として使いながら内容を更新できる点は優れています。
取り出したものが使用後にどういう状態で戻るかという点は、この道具の中核的な問題です。乗り物が壊れた状態で戻るということは、次に同じページから取り出した際には壊れたものが出てくることになります。食べ物が食べられてページが空白になるのも同様で、一度使ったものが消えるという性質はほんもの図鑑を消耗品的な道具にしています。逆にいえば、食べ物を取り出して食べても図鑑のページに補充する方法があれば永続的に使える可能性もあり、その点については劇中で明示されていません。
無免許運転で指導対象だ ドラえもん6巻「ほんもの図鑑」P53:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
乗り物を取り出して壊すという展開は、のび太の友達たちの行動から生まれています。まだ運転免許も持っていない小学生たちが自動車を取り出して動かそうとするわけで、結果は推して知るべしです。しかしこういう場面で子どもたちが目を輝かせるのは当然で、手に入れた瞬間に思い思いの使い方をしようとする様子は、リアルな子ども心を描いています。
人間の本性が見える道具
強欲に参加したのび太の友達たちが図鑑の中身を小遣いにしたり食べたり壊したりと私利私欲に走る様子は、雑だけど笑える展開です。のび太自身が図鑑に閉じ込められてしまうオチまで含めて、初期ドラえもんらしいドタバタ劇として完成しています。
暴走した人間は怖ろしい ドラえもん6巻「ほんもの図鑑」P52:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
友達たちの暴走を見たドラえもんが、道具の使用をやめさせようとするのですが、取り出した動物や乗り物が各自バラバラに動き回っていて収集がつかなくなっています。この混乱の中でのび太が図鑑に閉じ込められてしまうオチは、道具の使い方を誤った結果として非常に象徴的です。道具を出したのはドラえもんですが、実際にとんでもない使い方をしたのはのび太の友達たちで、誰が悪いとも言い切れないあたりが藤子先生らしい人間描写といえます。
漫画家や画家なら動物の細部を描く時に実物を参考にできるという点で、ほんもの図鑑は創作の道具としても非常に優秀です。図鑑から実物を取り出して観察できるなら、細部の質感や動作の観察が手元でできるわけで、資料集めの手間が大幅に省けます。のろいのカメラやさかさカメラなど使う側に不利益をもたらすことがある道具もありますが、ほんもの図鑑は使い方次第でまったく別の顔を見せる道具です。
悪意を持って使えばそれだけリスクのある道具でもあります。動物図鑑から危険な生き物を取り出したり、乗り物図鑑から大型の機械を取り出して街中で動かしたりといった使い方は、被害が甚大になりえます。そういった悪用可能性をはらみながらも、劇中では子どもたちの無邪気な混乱として描かれていることで、道具の怖さが笑いに変換されています。
コミック初期らしいドタバタ劇展開の中に少し悲しい人間の本性が際立つ話です。コピーロボットやもしもボックスのように使い方を間違えると取り返しのつかない展開になる道具と共通する、人間観察的なテーマが込められています。実物を手に入れた瞬間にそれを私的に使おうとする人間の性質を、こどもたちの行動を通じてさらりと描いてみせる藤子先生の視点は、長く読み継がれているのがよくわかります。
このひみつ道具が印象に残る理由
このひみつ道具の面白さは、ただ便利なだけではなく、使った瞬間に日常の見え方が少し変わるところにあります。ドラえもんの道具は、困りごとを一発で解決してくれるように見えて、実際には使う人の性格や判断がそのまま結果に出ます。のび太が使えば楽をしたい気持ちが前に出ますし、ドラえもんが使えば助けるための道具になります。同じ道具でも、誰がどんな目的で使うかによって印象が変わるのです。
また、名前や見た目が身近であるほど、効果とのギャップが強くなります。普通ならありえないことが、手の届きそうな形の道具で実現してしまう。そこに読者が「自分ならどう使うだろう」と想像したくなる余白があります。物語の中での出番が短くても、発想がはっきりしている道具は記憶に残りやすいですね。
日常で使うなら注意したいこと
もし現実にこの道具を使えるなら、まず考えたいのは周囲への影響です。自分にとって便利でも、家族や友達、近くにいる人に迷惑がかかるなら正しい使い方とはいえません。ドラえもんのエピソードでは、最初は小さな願いから始まった使い方が、だんだん大きな騒動に広がることがよくあります。便利さに気を取られるほど、基本的な確認を忘れてしまうのです。
効果の範囲、持続時間、元に戻す方法、失敗した時の対処。これらを分からないまま使うと、どんなに魅力的な道具でも危険になります。ひみつ道具は夢をかなえるアイテムである一方、使う人に責任を求めるアイテムでもあります。そこまで含めて考えると、単なる便利グッズではなく、未来の技術との付き合い方を教えてくれる存在だといえるでしょう。
読者が想像を広げやすい道具
作中で描かれた使い方は、この道具の可能性の一部にすぎません。学校で使ったらどうなるか、家で使ったらどうなるか、旅行や災害時に役立つのか、逆にどんなトラブルが起きるのか。そう考えていくと、短い登場シーンだけでは見えなかった魅力が広がります。
ドラえもんのひみつ道具紹介の楽しさは、性能を確認するだけでなく、その先の使い道を読者自身が想像できるところにあります。この道具も、便利さ、危うさ、ユーモアが同時に詰まっているからこそ、もっと深く考えたくなる一品です。





