5分ごとに物が倍に増え続けるひみつ道具、バイバインです。使い方を間違えると地球を滅ぼしかねない恐ろしい力を秘めています。
栗まんじゅうが世界を滅ぼす
好物の栗まんじゅうを増やそうとしたのび太が、バイバインを1粒たらして増殖させようとします。食べ切れば何も問題はないはずでした。ところがのび太はいつものように途中で飽きてしまい、食べ残した栗まんじゅうをゴミ箱に捨ててしまいます。増やしたものを最後まで責任を持って食べ切るという発想が、最初からのび太には欠けていたわけです。
ツヤツヤと美味しそうな栗まんじゅう ドラえもん17巻「バイバイン」P7:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
しかし栗まんじゅうは増え続け、ゴミ箱の外にも溢れ出し、家の裏を埋め尽くすまで増殖してしまいます。のび太もドラえもんも手で集めることさえ追いつかなくなり、やむなく宇宙の果てにどこでもドアで捨てに行くという解決策をとることになりました。問題そのものを解決したのではなく、遠くに飛ばしただけという点が、この話の後味をちょっと引っかかるものにしています。
実は今でも栗まんじゅうは宇宙のどこかで増え続けているのです。大長編のびたの新魔界大冒険の1シーンに、宇宙空間を漂い続ける栗まんじゅうの描写があります。ドラえもんを読み込んでいるファンなら思わずにやりとしてしまう、作者の遊び心が光る演出です。
これは一大事である ドラえもん17巻「バイバイン」P11:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
後処理が最重要
5分で物が倍になるということは、1つの物体が1時間後には4,096個にまで膨れ上がります。さらに1時間後には16,777,216個、そのまた1時間後には68,719,476,736個という途方もない数になる計算です。
ドラえもんが1日放置すれば地球が栗まんじゅうの底にうまってしまうと言うのは紛れもない事実なのです。コミックの中でドラえもんが計算して見せるシーンは、笑いのテンポで描かれていながら、その数字の大きさに読者がぞっとする構造になっています。子ども向けの漫画でありながら、指数関数的増殖という概念をユーモアを通じて自然に伝えてしまう、藤子F不二雄の語り口の巧みさが光る場面です。
現実に置き換えて考えると、バイバインで増殖した物体を処理する方法はほぼ存在しません。燃やしても灰になるだけで、灰自体が倍に増え続けるかもしれない。水に溶かしても同じです。物体の性質ごと複製されると考えると、どんな後処理をしてもいたちごっこになります。ドラえもんが宇宙に捨てるという選択肢を選んだのも、それ以外に手がなかったからでしょう。
気軽に使うと危険なバイバイン ドラえもん17巻「バイバイン」P11:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
バイバインを使う時は、誰かが無責任に放置してしまうと地球を滅ぼしかねない恐ろしいパワーがあることを理解しておく必要があります。大きいものを増やしたいならビッグライト、小さくしたいならスモールライトを使う方が安全です。バイバインが怖いのは、増殖を止める手段がコミック本編に登場しないことです。物体を大きくするビッグライトや小さくするスモールライトには対になる道具が存在しますが、バイバインにはキャンセル手段が示されていません。増やしてしまったら最後、どこかに飛ばすことしかできないという設定が、この道具の異質さを際立たせています。
増殖系の道具という点ではなんでも増やす水も似た危険を持っていますが、あちらは水で薄めることで増殖を抑えられるという逃げ道があります。バイバインにはそれすらない。使う前に後処理まで完璧に見通せる人間でなければ、絶対に手を出すべきでない道具です。
ひみつ道具の中でも、バイバインは使用後の取り返しのつかなさという点で飛び抜けています。たとえばどこでもドアは行き先を間違えても戻れますし、もしもボックスも元の世界に戻すことができます。ところがバイバインで一度増殖が始まってしまった物体を元に戻す方法は、現状のコミック設定には存在しないのです。その意味では、のび太がドラえもんに借りる道具の中でも最高レベルに危険な部類に入ります。軽い気持ちで使ったのび太の無邪気さと、その結果の深刻さのギャップが、この回をドラえもんの中でも語り継がれる名エピソードにしています。
今でも増え続ける栗まんじゅう
宇宙に飛ばされた栗まんじゅうは、今この瞬間も増え続けています。5分ごとに倍になるペースは宇宙空間でも止まるわけがなく、数十年が経過した現在、その数は人間の想像を遥かに超えた量になっているはずです。宇宙のどこかの星に漂着していたとしたら、その星は今頃栗まんじゅうで覆われているかもしれません。
もしもボックスで世界を変えてしまうような発想と同じで、ドラえもんの道具は使い方次第で途方もない結果を招きます。道具それ自体は中立であっても、使う側の管理能力がいかに重要かを、バイバインは笑いの中でしっかりと伝えてくれます。道具の怖さをユーモアに包んで描くのは藤子F不二雄作品の真骨頂で、バイバインはその代表格といえます。
大長編のびたの新魔界大冒険でさりげなく登場する宇宙の栗まんじゅうは、読み返した時に気づいた瞬間の嬉しさが格別です。こうした小さな仕掛けが積み重なって、ドラえもんという作品は何度読んでも飽きない奥深さを持っているんですよね。バイバインの話を読むたびに、笑いながらもどこかぞくっとさせられる感覚は、子どもの頃も大人になっても変わりません。
バイバインで何を増やしたいか
もし自分がバイバインを使えるとしたら、何を増やすのが正解なのかを考えるのもこの道具の楽しみ方のひとつです。お金を増やせば経済が崩壊する。食べ物を増やしても処理が追いつかない。小さいもの、たとえば消しゴムや鉛筆なら被害は少ないかもしれませんが、それでも放置すれば部屋が埋まり、家が埋まり、最終的には街が埋まります。
現実的に安全に増やせるものを考えると、答えはほぼ存在しないということに気づかされます。道具のコンセプトが単純に見えて、使い方を掘り下げれば掘り下げるほど行き詰まるのがバイバインの面白さです。欲望をそのまま叶えてしまうと必ず破綻するという構造は、のび太がドラえもんの道具で痛い目を見る話の中でも、バイバインの回がとりわけ印象に残る理由でもあります。
強いて言えば、時間的に管理できる状況下であれば短時間だけ増やして即回収するという使い方ならギリギリ安全かもしれません。しかしそれにはタイマーや計画が必要で、のび太のような行き当たりばったりな性格の人間には到底向いていない道具です。ドラえもんがバイバインをめったに出さないのも、きっとそういった理由があるのかもしれません。それでも一度は体験してみたいという気持ちを読者に抱かせるのが、この道具の不思議な魅力です。
栗まんじゅうが美味しそうに見えるのは自分だけ?
コミックに登場する栗まんじゅうは、ツヤツヤと描かれていてどこか食欲をそそります。どら焼きよりも食べたい気持ちが高まるのは自分だけではないはずです。ドラえもんは色々な面で夢を与えてくれる作品ですが、バイバインのようにその夢が笑いと恐怖を同時に運んでくる回は、読むたびにうならされます。栗まんじゅうが今も宇宙を漂い続けているという事実が、物語を読み終えた後もどこかに引っかかり続けるのがこの回の秀逸なところです。コミック全巻を読む機会があれば、バイバインの回はぜひ改めて読んでみてください。子どもの頃とはまた違う怖さと面白さを発見できるはずです。





